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【批判の】ネットの悪意の生まれ、2ちゃんねるを振り返る【善悪とは】

投稿日:2017年10月29日 更新日:

こんにちは、そーさんです。

右ラリアットかますぞ。

 

昔は2ちゃんねるに入り浸っていたものですけど、それがTwitterとかに移り変わり、今度はどうなるんだろう?なんて考えたりしますよ。

ネットの良い所であり、悪い所は「匿名性の高さ」でしょうね。

こうやって私が好き勝手言えるのはこの「匿名性の高さ」を盾にしているだけですからね。

まぁそういう盾があるって安心感から「暴言・誹謗中傷」がネット中に蔓延るようになった。

 

今回はこうした「ネットの悪意」について好き勝手喋るよ。

 

◆おい、いその!足の引っ張り合いしようぜ!な日本

足を引っ張れば誰かが転ぶ、転んだところに「うははは、みろ、こいつ転んだぞ!」と追い打ちをかけるのが、日本式のいじめです。

転んでいる人間を見ていれば自分は転ばない、そして次の転ぶ人間を血眼で探している……ようにみえるんだ。

残念だけどね。

私はこういう文化が嫌いで、保身的かつ生産性もあったもんじゃないから「くだらない」で一蹴なんだけど、あながち批判的な意見ってのも外せない。

 

◆批判的が正しい善意を殺すこともある、正しくない批判が悪意を増長させる

具体例をあげると、「善人のAさんと悪人のBくん」がいたとしますよ。

彼らはそれぞれ独自に「慈善活動のための募金」を募りました。

募金の使い道は「Aさんは慈善活動」「Bくんは私腹を肥やすため」

でもそれぞれの人にはこんな意見が飛び交いました。

Aさんには「偽善者!募金なんか募るな!現地に行って人を救え!」

Bさんには「ボランティアですか?頑張ってくださいね!」

と、表面上は同じでも水面下では全く異なったことが起こっている。

 

こんな世の中さ。

正しい批判も間違った批判も野放しで全てが牙をむいてる。

 

◆2ちゃんねるから育った「アングラ暴言文化」

 

これは古の話、インターネットの黎明期には大型掲示板サイト「2ちゃんねる」が世界樹のようにそびえたっていた。

その実、中身は深淵と通じているとされており、その時代のあらゆる情報、または未来の情報まで蓄積されているといわれていた。

「うそはうそであると見抜ける人でないと(掲示板を使うのは)難しい」と彼は言った。

そんなことは分かっているよ、と友人は言っていた。

 

だから私と友人はその深淵にも通じるといわれている「アンダーグラウンド」へするすると降りて行った。

つぼ型の巨大な穴とも思える入り口を通り抜けると「2ちゃんねる」の内部に辿り着いた。

「2ちゃんねる」の内部は酷く湿気を帯びており、そして広大だった。

 

板、という大き目の枠に、スレッドという小さな枠、そしてその中に入ってあらゆることを叫ぶのだ。

 

あの当時の掲示板では日本一といっても過言ではない人の量があった。

(今もそうかもしれないがSNSと比較するようなレベルではなくなっているだろう)

2ちゃんねるに降り立った私達だったが「住人と呼ばれる彼ら」の奇怪な行動に理解が追い付かなかった。

 

怒号、罵声、誹謗、中傷、意味不明。

 

一言で言うのであれば「混沌」だった。

更に彼らは全員「名前と顔を持たない」のだ。

 

「名前と顔を持たない住人」が呪詛のように日々世迷言を吐きに来る、恨みを吐きに来る、真実かどうかも分からぬ戯言を吐きに来る。

 

「なんだここは……」

……そう思っていた。

こんなところには、興味本位でちょっと寄ってみただけ、あいつらみたいにはならない。

……そう思っていたのに。

 

私はこの後しばらく2ちゃんねるに友人と共に駐屯することになる。

現実に目をやっていられなかったことと、2ちゃんねるの瘴気に当てられたのだ。

 

 

 

ほどよいダメさが漂うこのクズの巣窟を私は気に入った。気に入ってしまった。

自分というダメな人間を受け入れてくれるかもしれない、自分よりダメな奴を探せば救われる。

 

2ちゃんねるにはそういう「生ぬるさ」のようなものを感じた。

2ちゃんねるに入ったときに感じた湿気はまさにその「生ぬるさ」だろう。

「ニート・オタク」といった受け入れがたい文化を凝縮したのも2ちゃんねるだ。

オタク・ヘレニズムだ。

 

あらゆる一般的にみてダメな文化をその大きな懐で受け入れ、暴れまわる空間が提供されていた。

それが2ちゃんねるだった。

彼らとともに、煽り、暴言を吐き、自分より下の人間を見下し、強い人間がいたらそれにも楯突いた。誰でも構わなかった。

 

「これがアンダーグラウンド流だ!我々の居心地を良くするための糧となれ!」

 

怖くなどなかった。

だって、私も「顔と名前のない住人」になり果てていたのだから……。

 

◆そんなわけで暴言に強い人って多い

そんなわけで私もインターネットに入り浸って長いです。

今では流石に2ちゃんねるもやっておりませんが、そういう歴史の積み重ねがあってこうした誹謗中傷文化があるんだと思っているのです。

 

2ちゃんねらーが他のコンテンツに行って、暴言をふっ飛ばしている。

そんな確証もとれないことを想像してしまうのです。

「あいつらならやりかねない」と心のどこかで思っているのです。

 

私みたいな人間は多いはずです。

社会からあぶれて、仕方なく日々のストレスのはけ口をインターネットに持って行った人間のことです。

私はもう更生してますけど、未だに暴言でマウントをとることを止められない人たちもいるはずです。

正しい主張をしている人達は暴言を言われたらひるんではいけません。

 

争いましょう。

 

そこでひるんで潰れたら彼らの思うツボです。

正しいことを言って、しっかりと自分を保ってください。

 

逆に間違っている事を言っている人もいますが、これは私がどうこう言っても無駄でしょう。

「2ちゃんねらー」「ついったらー」の人たちにボコボコにされてもケロリとしているような人が多いですからね。

「間違っているという認識の人を増やす」事が大切です。

 

◆まとめ

2ちゃんねるに話を持っていかれた。

正しいことを言っていても、間違ったことを言っていても、批判やいわれのない暴言が飛んでくるよ。

正しい人は胸を張れ。間違っちゃいないならな。

間違っている人は周りをよく見ろ、四面楚歌だぞ。

 

この記事は過去の自分の罪滅ぼしだ。

気をつけてな。

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