コラム 思考 自己啓発 雑記

「義理が廃ればこの世は闇」なのか考察してみた

投稿日:2017年12月3日 更新日:

こんにちは、そーさんです。

義理の反対の言葉を知っていますか。

不を付けて不義理です。

 

不義理とはその名の通り義理を欠く行動・態度の事を指しますがなんとも難しい言葉です。

今回のテーマは「義理・不義理」です。

まずは義理から語っていきます。

 

◆義理

「義理が廃ればこの世は闇だ」とは言いますが、この世の義理ってどうなんでしょう?

義理堅い人が必ず報われるか?と言われればそんなことはないですね。やっぱり人間裏切ったり裏切られたり策謀を巡らせています。

そんな利己的な世の中でうだうだ言いながら私たちは暮らしています。

テクノロジーの進歩なのか隣の人の名前も顔も知らない事も不思議じゃなくなりました。

同時に無駄にストレスのたまる世の中です。

そんな中「義理」はより貴重になっているものだと思うのです。

逆に空気が読めないのか利己欲なのか知りませんが、不義理は珍しくなりました。

 

◆不義理

義理の反対という意味で相違ないでしょう。「不義理を働いてしまった」などと自分の不手際を恥じる際に使ったりしますね。

人間と言うのは「ギブアンドテイク」で成り立っている生き物です、ゆえに不義理を行うことは一般的に抵抗感があります。

しかしながら一線を越えてしまうと、逆に「どう思われようが利己を追求したい」と自分本位に行動します。一方で一般的とは言えないサイコパスはそもそもどう思われようという部分が抜けているので少し違うかもしれません。

以上の事から「不義理を働いてしまった」と悔いることが出来る人は一般的な感覚の持ち主です。

大事な部分なのでしつこく言うと、不義理とは「義理」があるからこそ生まれる言葉なのです、でも世の中義理人情の美談よりも「あいつはダメだ」と舌戦、足を引っ張り、奈落落としです。

 

◆不義理を働く心理

どんな不義理かにもよりますが「悪いなー」とは軽く思いつつも約束を破ったり、顔を見せなかったり様々です。

私が聞いた話の中で最大の不義理は「散々お世話になったのに金を持ち出し逃走した人」が最高に不義理でした。恩を仇で返すを地で行くスタイルでしたね(その後無事逮捕されました。)

話を聞くと「遊ぶ金が欲しかった」と私欲丸出しの顛末を述べておりましたが、人間義理を無くせばなんだってやれるんだなあ、と思ってしまいました。

周りの人を全く気遣わず、自分勝手に過ごして良いのだったらたちまちこの世は犯罪で埋め尽くされます。

少し大袈裟かもしれませんが、不義理とは犯罪心理とも遠からず近からずなんじゃないかなあ、と考えずにはいられないのです。

 

◆惰性で自分の理性が効かなくなる

うそつきはドロボウの始まり。
最初の嘘から、その嘘を嘘で固めて最終的にはドロボウを行わなければならなくなってしまうというもはや説明すらいらない言葉ですね。

平たく言えば、人は見栄を張ろうとして嘘をついたり、めんどくさくなって不義理になります。

自分の理性で留めておかねばならないことがほんの些細な事から決壊してしまうのです。

特に恐ろしいのは惰性です。自分がどの方向に進んでいるか気付きにくいからです。

ついつい食べ過ぎる、ついつい飲みすぎる、ついつい吸い過ぎる、ついついギャンブル。

何をやっているかを理解しながらもずるずると惰性で動くと、そこに理性が効かず義理や人情を介在させない精神を生んでしまいます。

つまりは日々の行動が言動から気を付けてなければ、回りまわって不義理を働いてしまう事になるのです。

 

◆まとめ

 

義理が廃ればこの世は闇だ。

しかし現代はどうにも不義理が蔓延っているように思う。

自己中心的な精神が蔓延れば、この世は不義理どころではなく犯罪で埋め尽くされるでしょう。

人間って自分勝手な部分も持ってて、相手を信用しない部分もあって、つかず離れずみんなと過ごしています。

不義理はそんな均衡を保てなくなってしまった人たちが起こした気の迷いです。

許せとは言えませんが、生活が乱れている人が近くにいた場合何か厄介ごとに巻き込まれる可能性があるので気を付けた方がいいでしょうね。

逆に自分の生活が乱れているのでしたら、改めないと自分が蔑みの対象になる可能性が出てきます。

お気を付けて。

 

-コラム, 思考, 自己啓発, 雑記


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

広告エリア

Sponsored Link


SNS

follow us in feedly