コラム 思考 雑記

人のせい、社会のせいにして諦めてしまう前にとる行動

投稿日:2017年12月20日 更新日:

こんにちは、そーさんです。

私は日本国の先を嘆かずにはいられません。

少子化、高齢化によって一刻の猶予もないと言っているのに、国の上層部である政治では老人優遇の政策ばかりです。若者への補助をしないで国の繁栄はあり得ない(もっと言うなら母親に補助を付けるべきです)ので、「滅びゆく一方だ」と思いながら諦観してしまいます。

これも一種の社会のせいにしている訳なのですが、だからと言って国の滅亡を黙ってみているわけにはいきません。

そういう時にとる行動があるのです。

 

◆人のせい、社会のせいにする前に考える

「○○のせいでこうなった」と誰の責任か、責任の所在を求めてしまうようなこと。日本ではもはや当たり前のようにやっていて、学校、会社、国、芸能、その他では「責任の所在→謝罪」の流れはほぼ毎日のようにやっています。

私が思うのは「責任の所在」を明らかにしたところで問題は解決しない。という一点に尽きます。

モリカケ問題でもいつまで経っても同じような事を続けていますが、まぁそういう事です。問題の根源を追いかけても何も起こらないのです。

なぜ起こったか?を追っていないからですね。

政治家の横暴がスクープされても、「その問題を起こしてもバレない環境」については問題まで上がってきません。(それでも日本の政治家は雁字搦めに近い)

○○が不祥事を起こした!〇〇が悪い!と糾弾するのは脳死と変わりません。問題を起こした人や社会が悪いのではないのです、起こしても仕方ない環境が悪いのです。

例えば「神戸製鋼の検査結果偽装問題」は「神戸製鋼が悪い!」で終わらすのではなく、『偽装しないと上に報告出来ないノルマが敷かれていたら?』を追っていく方が建設的です。

その問題の「背景」を考えるのです。

人のミスも、社会のミスも、国のミスも何かしら背景があります。そのうえで判断出来るようになるべきです。

 

◆考えた後は行動を起こす

本当に嫌だったら変えるための行動を起こすべきですし、何かのアピールでも構いません。

私のこの文章もそういった「嫌だああああ!」という思いの具現です。

国を変えたいなら選挙に行くべきですし、意見を言うべきです。何かのはずみで国にその訴えが通るかもしれませんし、やらないよりマシです。

これはあらゆる物事に言えて、会社であれば嫌であれば「仕事だから……」と諦めないで訴えるべきです。

全ての変化は行動から起こるのです。

しかし、正しい行動は「事前に考えてから」です。

無策で突っ込むのはアホです。

 

◆行動がとれない人には言い訳をさせるな

しがらみやめんどくささから行動に移れない人が多いです。

実際、この文章を見てから動く人など一割を切っていると思います。悲しいかな、これが現実。

行動がとれない理由なんかは興味ないので語らなくていいですし、誰かのせいにして出来なかったというのであれば、本人にも当然その状況を食い止められなかった落ち度があります。

私や歴史が「行動が大事」という簡単な事を言っているにもかかわらず行動がとれない人は言い訳などせず、寡黙に日常を過ごした方がよろしいでしょう。

 

◆まとめ

・いったん問題の背景を考えよう(短絡的に責任の所在を探さない)
・問題の根源についたら考えよう
・行動しよう

-コラム, 思考, 雑記


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