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言われたことはやりたくない人が社会に負けない方法

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言われたことはやりたくない人が社会に負けない方法

学生時代に学んだこと

子供の頃からずっと疑問だったんだけど、「言われた事こなせる人」が分からなかった。

 

私は基本アマノジャクで、「言われたことはやりたくない人」だった。(「やりたくなくなる」とも言える。)
だから学生時代は授業を真面目に聞いて、同じ方向を向いて、真面目にこなせる人たちを「ああ、自分とは違う特別な人たちなんだ」と思った。が、私の周りはほとんどその「特別な人」だったので、逆説的に「彼らが普通」で私が「社会不適合者という特別な人」だった。

人と同じような事をするのは苦手だった。
「特別な事がしたい!」とかそういうイキリや向上心からではなくて、同じことをすれば大人たちに比較され、自分の方が劣っている事を思い知らされるからだ。そして実際、能力は高くなかった。
私は比較を恐れた。

比較を恐れた裏側には「自分として、個として認めてほしい」という願望もあったのだと思う。無論、実力主義の社会の前に崩れ去ることになる。ここでようやく勘の悪い私は気付くことになる。

「能力(強み)を持たない個性は個性とは言わない」

 

そういうことだ。
社会が求めたのは「強さありきの個性」だ。

日本社会は「個性があることはは素晴らしい」と高らかにうたっておきながら、能力の比較で振り分ける手法にはひどく矛盾を感じたし、能力で決定される社会には納得もあった。
やり方は矛盾を感じて気持ち悪かったけど、能力で差がつく社会は素晴らしいと納得していた。

例えば「私は体が弱くてデスクワークしか出来ません」なんていうのは個性ではない。
「私は体が弱くてデスクワークしか出来ませんが、情報処理能力が高く、資料をまとめるのが得意です」だったとすれば個性になる。

極端な話、能力さえあれば「私は全ての能力が高いです」というような漠然とした説明だけでも個性と呼ばれるかもしれない。
個性と能力の高さはセットだった。
これは私が学生時代に学んだこと。

 

社会人になって学んだこと

社会人になってからはこんなセリフを聞いた。

「言われたことしか出来ない人間は能力が足りていない、言われたことすら出来ない人間は使い物にならない」

言われたことが出来てようやく二流ということ。
理解は出来るがいまいち具体的な対策が打てずに四苦八苦した話をしよう。

 

私は言われたことが出来なかった。
そのくせ「組織の改善点であったり、こうした方が効率的になる」といったことの方が目についた。粗探しと改善提案が得意だったのだ。

上司に指摘すると「確かに」と一定の評価は得られたものの、私の実績が乏しく実際に組織の改善点を改善することは無かった。

 

上司が私に気を使って頷いたと思われるかもしれないが、それにははっきりと「NO」と言える。

 

上司は私の気持ちよりも仕事が回っている事で悦に入る仕事人間だったからだ。
つまり、上司としては「改善点への正当な評価」を下しながら「実績のない私からの提案」を飲むわけにはいかなかったのだ。

 

ひとたび私のような未熟者の意見が通れば、その上司は「未熟者の意見を通す甘さ」を指摘されるだろう。私もそのことには不条理を感じたが、組織というものはえてして「正しさ」を捻じ曲げる事が出来る性質をもっている事を学んだ。

学生時代の経験と社会人になってからの経験を踏まえると「能力の高さがもたらす請求力」について実感する。
結局のところ自分のポジションや意見を通せるかどうかは能力次第と言われ続けたようなものだ。

 

自分に能力を付ける以外の選択肢は無かった。

 

結局どうすればいい?

自分に能力を付けるとはどういうことか?
筋肉をつければよいのか?
勉強すればよいのか?
本でも読めばよいのか?

どれでも正解だが、具体性に欠けるので一つアドバイスをしよう。

「考えろ、そして考えろ」

私が辿り着いた答えはこれだった。
うん、より具体性が無くなった。

考える、とは調べる事でも知識を引っ張り出す事でもない。
その状況を元に原因、結果、解決策を用意することだ。

 

だから調べるだけでは状況は解決しないし、手当たり次第に動き回っても解決しない。

行動力が無ければ意味は無いし、価値もない。

残された選択はこの状況に則した解決策を「考える」こと。

 

具体的に解決策を述べることは出来ないし、これを読んでいる私と同様のアマノジャクは「こうすれば解決する」なんて言葉で納得するとは思えない。

駄々っ子のワガママを社会に貫き通す方法なんて存在しないのだ。

存在させる方法として自身で考える事が重要なのだ。

 

多くの人が勘違いしているので、詳細を書いておく。
↓↓↓↓↓

【考えるという意味の勘違い】妥当かどうかの判断なんてどうせ誰も出来ない

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