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自分で決断することが出来ない人はずっと苦しむことになる

投稿日:2017年10月8日 更新日:

最近は毒舌をぶっ飛ばす投射機になっております。

こんにちは、そーさんです。

 

世の中には人を持ち上げるだけ持ち上げる記事が多分に溢れておりますので、そんなに甘くないよ!ってメッセージをばらまいております。

耳障りの良くない言葉って受け付けないんですけどね。

こんなサイトに来てもらってなんだけど、良いか悪いかなんて私に聞くんじゃないよ。

自分で考えるのが大切なんだよ。

 

◆「自分で決断する」自覚

あなたは「自由に物事を決断出来ていますか?」

「どちらかと言えばイエス」ですか、それとも「ノーに近い」ですか。

 

結果はどちらでもよくて、あなたの自覚について聞いてみたのです。

どうでしたか?

 

私の体験談ですが、「あなたは自分で物事を決断出来るか?」という問いかけをしたならば、「出来る、しかし出来ない事もある」と答える人が大半です。

私は世の中の人が自由に決断してきているとはとても思えません。

多かれ少なかれ制約の中で消極的選択を取ってきているように思えます。

そんな中でも大半の人が「決断は一応出来ている」と答えていることに違和感を覚えます。

 

私はそんな人達を見て「我慢していると思うんだけどな」と思っております。

何が出来ているつもりで、何が出来ていないつもりなのでしょうか?

 

◆消極的決断と不自由な選択

世の中の選択は不自由かつ消極的です。

例えば、進学する学校の決断は消極的です。

世の中には無数にある学校の内の一校を選択しなければならないとき、「通いやすさ」「学費」「学習内容」「自分の学力」等を考慮し、ふるいにかけなくてはなりません。

 

結果同条件の学校が見つかった場合、どちらでもいいというわけにはいきませんね。

必ず何かしらの条件の差で選びますよね。

すなわち、あなたにとっての完璧な一校ではなく「十分な条件の、または妥協できる条件」の学校を選び取った訳です。

 

「選択と決断ってそういうものでしょ?」となにいってんだこいつになる前に補足を。

私は選択は自由にできるものではなく、結果として決断は「選択範囲」の中から選び取っただけだから消極的だよね?って言いたいのです。

「選択と決断ってそういうものでしょ?」

 

◆自分で決断する事の意義

先ほど「自由に選択や決断」は出来ない!って述べたんだけど。

それ以上に深刻なのは流されてしまう人。

もっと言うなら「選択をしない人」。

彼らは時代に流されるだけ、世間様のいう通り。

 

少なくとも私は「選択を誤って地べたで這いずり回っている人」の方がよっぽど上等に見えます。

 

彼らはリスクを極端に嫌います。

好きな人はいませんが、僅かばっかりのリスクも払えないために毎日「つまらない」と刺激のない生活を送っています。

失敗する事を恐れ、成功しない事につばを吐く人種です。

人生の価値を高める一つのエッセンスとして「リスク」は重要な意味を持っていますが、彼らの「選択範囲」の中にそんな言葉はありません。

決断するというのは、時にリスクを恐れず「選択範囲」を広げる覚悟が必要だと思うのです。

 

◆まとめ

選択・決断は自由ではない。

選択・決断はリスクを考慮し、消極的な選択になることが多い。

しかし、リスクをばかりを恐れて、周りに流されれば人生はよりつまらないものになる。

時として、リスクを払ってでも選択をしなければならないときがあります。

その時まで、待機。(しかし時期は明確に!)

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