コラム 自己啓発 雑記

自己啓発が世の中に受け入られる理由は宗教だから

投稿日:2017年12月12日 更新日:

こんにちは、そーさんです。

このサイトでもたびたび扱っております「自己啓発」という話題について再考します。

 

◆自己啓発が世の中に受け入られる理由は宗教だから

信仰対象(偶像)と教義があれば宗教として成立すると私は考えております。

誰が何をどう信じようと何の文句もありませんが、宗教を怪しんで、自己啓発書に書かれている事を「まさにこれだ!」と鵜呑みにする事には抵抗は無いというのは何か変です。

宗教のうさん臭さを擁護する気はないです。

実際のところは宗教は心の弱い信者がいて成り立つビジネスモデルという側面もあると思いますしね。

まぁ何を信仰しようとその人の勝手なのでいいですが、自己啓発に限って「うさんくさくない!正しい!」と妄信してしまうのはいかがなものでしょうね。

やってることは宗教と大差ないと思うのです。

 

◆知りながら自己啓発本を読む理由

自己啓発本を読む人は大抵知っています、信じれば救われるとか甘いこと考えているわけではありません。

ではなぜその肝心な部分を知りながら「自己啓発本」を読むのでしょうか?

自己啓発本を読む理由は「事を成した気になれる」気持ちよさに由来します。

それだけじゃないです「別に特別とも言えない自分を読了後に特別と思い込むため」です。

そして気まぐれに「中途半端な本気」を出してみたりみなかったり、時間が経つと元の鞘に戻るようにやる気がなくなっていくのです。

そして次の自己啓発本に手をだします。

うだつが上がらない人生だけど何かが変わるかもしれない。

そうした時に指す光明の具現こそ自己啓発本なのです。

さあ、崇めよ。

「祈れ、自分が変わりますようにと」

 

◆役に立つこともある

もちろん有識者や、経済人の自己啓発に全く意味がないか?と問われれば「いや、効果はあるわい」と答えるでしょう。

自己啓発本、及びセミナーに参加した後に急に人が変わったようにポジティブな思考になったケースを滅茶苦茶見てきております。

ポジティブな状態はエネルギーに満ち溢れていて、何か行動を起こす可能性が高いです。

私は行動こそ最高の価値を提供してくれるものだと思います。

極端な例を出せば、何もせず寝てるだけのニートと愚痴をネットに放り投げているニートだったら後者の方が価値があると思います。

それほどまでに何かを起こすエネルギーは重要です。

そんな貴重なエネルギーを生成出来る自己啓発というもの自体は大好きです。

 

◆結局自分が変わるためには?

そんなことを言って、何も変われない事を繰り返すのが人間です。

だから一回何十万というセミナーに毎年参加者が生まれるのです。

そして「ああ、よかった。これでかなり成長出来た」という感覚を味わうことが出来ます。

もちろん学べたこともあるでしょうけど、その日に別人のようになることはありません。セミナーに一回出ただけでスキルが急激に伸びるわけでもありません。

しかしながら精神的に変わっていくことがどれほどの効力を及ぼすか、予測など誰にもつかないのです。

「やってやる!」という感情一つで大富豪になった人も居ますし、「やってやる!」と思い続けて何もしない人もいます。ちなみに後者が大半です。

違いは簡単ですね、行動したかどうかです。

 

◆まとめ

自己啓発も誰かを信用するって事ですから一種の宗教です。

宗教との違いは「信じる事での救済」ではなく、「行動による成功」を促すところでしょうか、それ以外はあまり違いはありません。

教祖はアクの強い人が向いている成功者が良いでしょう。熱狂的なカルト的な信仰を集めたら信者に教義を有料で配り、更なる熱狂を呼ぶのです。

私は(こんな挑発的な文章で申し訳ない……)この一連の動きを好意的に捉えており、ポジティブなエネルギー生成はとっても建設的だと思います。(そこにうごめく大金はさておき)

最後にもう一つだけ、自己啓発に妄信的になるのは止めましょう。判断を他人に委ねてはいけません。

自分で自己啓発を使うなら、「そうだなーあの人も言ってるなー」と話半分で聞きながら自分の考えを持つように心がけましょう。

そうすればやる気だけ貰えて最高です。最高です。

-コラム, 自己啓発, 雑記


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