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根性論は辛いことを耐える事だと思ってない?

投稿日:2017年10月12日 更新日:

こんにちは、そーさんです。

前に精神論について語ったと思います。

これですね。

 

この記事に付随して「根性論」についても語っていきます。

 

◆根性論とは?

根性論(こんじょうろん)とは、苦難に屈しない精神=根性があれば、どんな問題でも解決できる・またはどんな目標にも到達できるとする精神論の一つ。 なお「根性」とは、本来は仏教用語の機根に由来する言葉である。

wikipediaより

え、仏教用語が元ネタなの?

知りませんでした。

 

仏教に限らず宗教は禁欲主義ですし、まぁ出展が仏教でも不思議ではないですよね。

私は「全部が全部根性論じゃないけど、根性論も必要」というスタンスで話をします。

 

◆根性論を使う人々と根性論使われる若者

私を含めて「とりあえずやってみようぜ、頑張ろうぜ」って気持ちがあるんだと思うのですが、世の中はどうにも根性論が合わない人ばかりいる。

なんでだろうなって考えたのが、以下の記事。

 

根性論を使う人々は「努力の価値」を知っているか、無能かのいずれかです。

(私がどちらの人間なのかは言わずもがなです)

 

今のゆとり、さとり世代に根性論を使っていくのは愚策です。

人はそれでは動きません。

 

◆根性論、だがそれでいい!

話は変わるんですけど、ニーチェ知ってますか?

ニヒリズムを嫌ったあの人です。

ルサンチマンを滅したかったあの人です。

ニヒリズムだのルサンチマンだの単語が飛び出してきましたけど、これは弱者が持つ「どうせ頑張っても意味ないし……」という思想、「強者への嫉妬・羨望」です。

 

ゆとり・さとり世代の若者はいまニヒリズムが顕著に浮き出てきました。

いわゆる「お金が無くても生きていけるよね」といった思考です。

努力をしない。しなくても何とかなる。だって今はそれなりに楽しいし、努力して苦しむ意味が分からない。

そういう人が増えています。

 

私は人生には「成長する・進歩する」ことが不可欠だと思っています。

だからもっと若い世代には活気づいてもらいたいのです。

そんなとき、特に実績も再現性もないけど行動をさせるために使われるのが根性論なわけです。

「とにかく頑張れば道は見える」

 

遠からず近からずといったところでしょうか。

誰しも頑張れば突破できる可能性が高まることぐらいは肌で理解できます。

ですがどれだけ頑張らないといけないのか見えないがために、誰もが努力を出来ないでいるのが世の常でしょう。

 

始めたもの、継続したものでなければ努力の価値を理解する事は出来ません。

中途半端な努力をしたものは「やっぱり努力してもダメなことがある」と悪態ついてしまうのでしょう。

 

正直、失敗しようがしまいがどっちでもいいと思うのです。

「やりたいことをやる」

 

これ以上面白いことが世の中にありますでしょうか?

とりあえず好きなことを突き詰めて見てから「努力は無駄だった」などの感想を言ってほしいものです。

 

そんなわけで「とりあえずやってみて、そして突き進んでみて」という根性論には賛同いたします。

絶対そのほうが面白いからね。

 

◆損得勘定を滅さないと努力できない?

根性論を阻害する一因として、損得勘定が挙げられます。

損得勘定って人間誰しも持っているものだと思います。

メリットばっかり注目して、デメリットは極力排除するような経験があると思いますよ。

当然誰しも持っているので悪いことだとは思いませんけど、インターネットの発達で「比較」がしやすい世の中です。

「損得勘定だけ」では、不幸になるのは明白です。

例えば、とある女性が旦那さんの条件を述べたとします。

・年収は600万以上
・貯金は○○円以上
・車を持っている
・性格良し
・高身長
・その他好条件

 

みたいな条件を並べたとします。

サラリーマンの平均値のかなり上ですね。

そうなると女性の方も旦那さんから条件を付けられることになります。

当たり前ですよね、

・美人
・年齢は何歳以下
・年収は○○万以上
・性格良し
・家事が出来る
・夫を立てる
・その他好条件

こう見ると、女性が提示できる条件も限られてきます。

結果的に旦那(妻)候補の幅を狭めてしまい、誰にも相手にされず、女性(男性)が売れ残ってしまうなんていう話はよくあります。

 

自分の損得勘定だけで相手を決めようとしたら当然のように売れ残るのです。

結婚においての自分の市場価値を知るべきでした。

 

自分だけ得しようとしたら、自分も損してしまった一例です。

 

根性論で頑張れない人にはこういうタイプがいるのもまた事実です。

「努力せず、いい旦那見つけて終わり」というのはこの手のタイプです。

それが可能なのはほんのひとつまみ程度の人たちであって、大多数は厳しい現実を突きつけられることになります。

 

◆楽しいことをするのは、楽する事ではない

根性論って「辛いことをするイメージ」ありませんか?

そうじゃなくて、「楽しいと思えることを一生懸命やる」ことが重要なのです。

 

楽しいことってどんなことを思いつきますか?

スポーツでしょうか、ゲームでしょうか……。

なんだって構いません。

 

楽しいと思えることを一生懸命やってくれと私は言いたい。

「それで暮らしていける」とは口が裂けても言えませんが、天寿が決められた人生です。

好きなことを出来ずに死んでいくなんてもったいなくないですか?

 

一生は約30000日ほどしかないのです。

今あなたはどのくらいの日数が残っているでしょう?

 

私はこのカウントダウンを目にした時に強烈な焦りを覚えました。

「え、あっという間に死んじゃうじゃん!」そう思いました。

 

この短い人生の中でどうやって充足していこうかと皆々が苦心している事でしょう。

「悔いのない人生」は難しいかもしれませんが、「努力のなかった人生」は心がけ次第でなりません。

 

◆まとめ:結局のところ「やるしかない」

根性論は長期的に成果が出ないから嫌になっちゃう。

今はインターネットの発達で誰もが比較して「あの人とは違うから、自分には無理。努力する才能すらない。無駄無駄。」というニヒリズム全開の生き方が若者の間に広まっているように感じます。

根性論で実を結ぶかなんてわからないけど、やらないこと(行動)に価値がないなんてことは決してない。

 

やって失敗してもいいじゃん。

そこら辺の損得勘定は抜きにしてさ、好きなことをパーッとやろうぜ。

保守的過ぎるんだよ、老いも若きも。

な!

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