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個性を伸ばすことは個人の価値を育てるということ

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こんにちは、そーさんです。

個人の価値を決定するものってなんでしょう?

 

十人十色ですから色々な視点があるとは思いますが一言言わせてくださいよ。

大層な地位、立派な肩書、莫大な資産、わたしから見ればそれらはあまり価値のあるものだと思えません。

ですが、能力においては価値あるものだと胸を張って言えます。

 

「夫が社長で高級車を乗りまわす事を自慢する女性」を羨ましいとは思いませんし、その人の能力が高いとも思えません。むしろそんなことしか自慢できないあたり能力の底が見えた気すらします。

そんな事よりは、「毎日早起きして夫にお弁当を40年作り続けた」という女性の方を評価します。

今回はそんな評価のお話です。

 

◆個性、個性うるさいんだよ

「個性的であること」というのは現代社会にとってプラスにもマイナスにも働きます。

しかし表面上は「個性的であれ」と言われ、やれ社会に出ると「個性を殺せ」とどやされます。

社会としては歯車として使いたいのに、教育機関では「個性を伸ばせ」と教育するからでしょう。

私はこの体制はなんにも価値が発生しないものだと思うのです。

 

個性を持つことは良いことだと思いますが、それは人から何から強要されてするものではありませんし、それを教育機関を通して「夢はなんだ?」と問うくせに「この中から進路を選べ」と選択肢を狭めてくる方式が日本では一般的のように思います。

これでは個性を育てる気がないと思われても仕方ありませんね。

決められた範囲の勉強すること以外の方法を提示してあげるとか、やりようはいくらでもあると思います。

 

「誰もやったことのないような大きな建物が立てたい」とか「宇宙に行く人をサポートしたい」とか子供に言われたときに僅かばっかりのヒントすら与えられたものではありません。

これは教育機関の問題ではなく、「夢だの個性だの」については教えられてするものではないということです。

 

他人がとやかく言うんじゃない。

うるさいんだ、好きなことをしろ。

 

◆個性を殺す環境と歯車化

 

個性はどのような時に死ぬか?

 

それは社会的な立場に立った時、コミュニティに属した時に自ら個性を絶ちます。

空気を読めば読むほど個性が死んでいくのです。

コミュニティの雰囲気が成形されたら、それは一つの生命体のようにふるまいます。

 

「あの人の発言力は強いから逆らわないようにしよう」とか「話したいことがあるけど今話すと場の雰囲気が変わっちゃうな」とか、細々した「空気読み」がだんだんと個性を殺していくのです。

コミュニティに属しきった時に「その人じゃなくてもいいよね」となります。

これが歯車化です。

 

◆個性を生かすデメリット

だいたい察しのいい方なら気づくでしょうけど、個性を生かすというアプローチはデメリットになる確率が高いのです。

スクールカーストのようなヒエラルキーでは下層に追いやられますし、容量の悪い個性の強い人は「自分勝手」と烙印を押されやっぱりヒエラルキーの下層に投げ込まれます。

社会的デメリットが足かせ手かせになり、自分の直感に従った行動を封じ、個性が死ぬのです。

 

空気を読める人々(大多数の人)はそうしてなんとなくヒエラルキーの下層に追いやられた人たちのようになるまいと雰囲気を察知する能力を得ています。

空気が読めないと個性が死ぬのはなんとなく分かっていましたが、だったら教育機関で「個性を伸ばせ」だの言わない方がまだマシだったのかもしれませんね。

 

◆個性を生かすメリット

個性を伸ばすことを推奨している意図もあります。

これから「何の仕事をしたら良いのか?」という選択肢が大きく変わろうとしています。

 

豊かになってきたということでしょうが、教育機関や会社がそこまでの対応が出来ません。

特に古い体制の会社は「今まで社内規則に従わせて終身雇用が当たり前」だったので、イノベーションとかムリです。

巨大な旧式の機械のテコ入れは骨が折れるし、どこかが破損しては経営にもヒビが入るのでなかなか改革には踏み出せない状況です。
(とは言ってもIT系はやっぱり新しいことをやっていってるみたいで感心します)

 

そんなわけで「勤め人」になるのだったら個性などいりません。

自分で稼ぐという個人事業主、フリーランスの方々だったらどうでしょう。

結論から言うと、これも個性は不要です。「なくてもいい」です。

 

フリーランスはどこからかお仕事を貰ってきて行います。個人事業主も最初の内は仕事を貰って、あるいはずっとそのスタイルでやっていくものでしょう。

人との関りで「個性の強い、アクの強い人間」はある人には魅力的に映っても、そうでない人も生んでしまいます。

普通の無個性の歯車よりも「好き嫌いを生んでしまうのです」

だからそうした特性を生かすべく、芸能関係であったり、Youtuberなんかの「特徴のある人という認識を持ってもらえる場」に活用すべきです。

 

普通に働く上では全く要らず、人前に出るような仕事をするときに限っては有効だという話ですね。

 

◆日常生活で大いに個性を発揮するほうが良い【ここがキモ!】

仕事ばっか例に出していますけど、実際問題そんなに仕事に傾倒して考える必要もないんですよ。

 

今まで話したのは「コミュニティ」があなたの個性を殺すという話なんです。

だから「コミュニティ」に気を付けてください。

 

人生は一度キリです。

楽しく生きるために自分の個性を発揮したほうが楽しいに決まってます。

 

◆個人の価値を育てる方法

冒頭の話題に戻りましょう。

個人の価値は能力によって決定するものだと認識しています。

資格も何もいらないです、「花に詳しい」とか「やたら耳が良く、遠くで開けた缶の吹き出す音で中身を特定できる」とかマジでなんでもいいです。

何気なくやっている事がありますが、他人ではマネできないような知識や技術を持っているものです。

まずそれを見つけてください。

 

もしそれが無かったら、好きな事を見つけてください。

「人を笑わせる」でも「スポーツ」でも「ゲーム」でも自分の能力を使うような事を知ってください。

注意点は必ずアウトプット出来るようにすること。

「映画を見るのが好き」だったら「映画の感想」のアウトプットや「映画の撮り方」等々アウトプットが出来るように心がけてください。

次第にあなたの能力や好みが仕事や生活に結びついてくるはずです。

 

◆まとめ

個性を殺したのは会社じゃなくて自分だ。

その会社を辞める選択肢もあったのに続けた自分の責任だ。

この際はっきり言おう、「個性があると生きずらいが、個性がないとつまらない」

私は「個性はあった方が良い」と思う。しかし、それは教育機関がやっている個性の押し付けに他ならない。

そこでこれを読んでいるあなたは「どうか自分勝手であれ」。

 

散々悪態ついたけども、今は自分の人生を自分で選択できる素晴らしい社会なのだ。

だからどうか大腕ふって気のまま自分の個性を野放しにしてほしい。

個性は誰かに強制されて成長するでもないし、その日の気分が個性を成長させ人生を変えることもあるのだから。

 

 

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