コラム 仕事 仕事が辞めたい 自己啓発

仕事で何も考えられなくなるほど疲れている人のための記事

投稿日:2017年9月16日 更新日:

私はとある会社で朝から晩までずっと働いていました。
ずっとずっと働いて数年後、ついに私は正常な判断が出来ないほどに疲弊していました。
その時の事を書き殴ろうと思います。

 

とにかく疲れたんだ

 

疲れた。朝起きて思ったこと。
寝なくちゃ。会社から帰るときに思ったこと。
食べなくちゃ、でもめんどくさいからいいや。会社の昼食時間に思ったこと。
間に合わない。間に合わない。間に合わない。
納期が納期が納期が。

当時働いていた会社は具体的には伏せさせてもらうが製造業をだった。
製造業界のポジションは中堅どころ。
仕事のやり方はよく言えば伝統的。
悪く言えば古臭い方法をとっていた。

お客さんに依頼された製品を作るのがメインの業務。
作り方は昔ながらの作成方法で、効率化は出来ず、仕事量だけが嵩む。
多様化効率化は二の次で、役員は変化とリスクを嫌っていた。

そんなわけでベテランの人たちは次々に退職していた。
丁度私が入社した直後からボロボロと10人近く辞めていった。
ベテランが居なくなり、周りは入社3年ぐらいで溢れていた。
人が定着しない企業だった。

技術も伝承されず、混沌とした惨状だった。

そんな会社に三年半いた。

最初は知らない事を知ることは楽しかったし、辛くても「新しいこと」を覚える意欲は尽きなかった。

でも限界がくる。
虚勢を張っても、何をしても、人間の体には限界がある。
いや、体は無事だった。
問題は頭の中だった。

休んでいても働いていても「仕事のスケジュール」が頭の中で反響した。

「あれはこうすれば効率化出来る。あ、でもこれをこうしないと、こっちのスケジュールが間に合わない。恐らくあの人は仕事が遅いから、きっとこっちに仕事が来るから余力が必要だ。余力を空けるためにはこの仕事を○○時までに仕上げて、お客さんに連絡しなきゃ。
それからそれから――。」

睡眠時間も削り仕事に打ち込んだ。
「社員全員のスケジュール」と「個々のスキルに合わせて進行度」が頭の中で計算できるようになっていた。

異常ともいえるスケジュールの管理能力が身についたことはこの仕事をしていて良かった思う事の一つだろう。(この業界でしか使えない)

このスケジュール管理能力を買われ私は平社員のくせに、年上だろうが年下だろうが関係なく支持出来る権限を得ていた。(それほどまでに指示系統が乱れていたともとれる)

しかしこの能力は、どれだけスケジュールを管理出来ても「最初から破たんしている仕事」が明らかになっただけで何の進展もなかった。

作業時間 < 納期

役員の決定は上記の構図を崩すことは無かったからだ。

 

だからとにかく働いた。
一生懸命やることは自分の人生を豊かにすることだと思っていたからだ。

そんな事を続けていたら、やがて冒頭のような状態になった。
疲れたんだよ。

 

ライフワークバランスと友人と精神論

 

『ライフワークバランス』という言葉がある。

意訳するとこうだ。
生活は仕事とプライベートのバランスが重要である。
お金だけでは幸せになれないし、プライベートだけでも気が狂うだろう。
だからそのバランスが重要なんですよ?、ということ。

「当たり前だろう?」

友人にそう言われた。
学生の時と変わらず、サイゼリアでだべっていた時の事だった。
バカにする様子はなくて、私の様子に見かねての発言だったのだと思う。

でも、当時の私はそのことが理解できなかった。
まるで意味が分からなかった、プライベートは無いけどお金はあるし、生活にも困ってない。

それどころか腹を立てたのか偉そうに「人の人生」について語ってみたりする。
素人のやるダーツのように的を射たり射なかったり、「良いとは思うけど、世間はそうじゃない」というようなはっきりとしない主張だったように思う。

思い返せば既に頭の中は破壊されていて、正常な思考では無かった。
恐ろしいのはそれが「正常な思考」だと思い込んでいることだった。

そんな時の私を心配してくれている友人の声は届かない。
ぶっ壊れた頭には響かない。

私はこの経験から、精神論じゃどうにもならないことがあるのは分かっている。

 

死について

私が正常な思考を取り戻したのは「死」を実感したからだ。

駅のホームに立っていた「このまま電車に飛び込めば明日会社に行かなくていいかな?」と考えていた。
近くのお兄さんに呼び止められ、私は「白線の内側」に戻った。
(何度も言うけどあの時のお兄さんありがとう!)

 

その直後身内に不幸が三年連続あって、死は身近だなって感じることが出来ました。

それから「仕事で疲弊するのはアホだ、人生は楽しまなくてはいけない」という思考が出来上がった。
いや、元からあったんだと思う、仕事で抑圧されていただけなんだ。

ともかく「死」は私を救ってくれた。
どうせ死ぬなら楽しんでから死にたいと思わせてくれた。

仕事の事なぞ、もはやどうでもよかった。
私が居なくなっても、問題ないことは分かっていた。
仕事とはそういうものだ。

それから私はすぐさま退職の意向を会社にたたきつける事になる。

 

まとめ:言いたい事

私はことあるごとに「そんなに向いてないなら仕事なぞ辞めてしまえ」と言っていますが、努力することを否定する事は出来ません。

仕事から責任や技術を学べるという事は尊いことです。

ただね、「やりたくないこと」をずっと続けられるように人間出来てないんです。
いつかは壊れてしまうんですよ、自覚症状が無くてもね。

「思考が壊される前」に仕事が辞められれば良いのですが、これが難しい。

だって正常な思考であると誤認したまま日常生活送っているんですもん。

私がこのサイトから発信出来るのは「お前の頭は無事か?」という喧嘩腰の安否確認なのです。
限界だと思ったらもう辞めるんだ。
そんなことで人生の貴重な時間を失ってはならない。

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