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ネトゲ(RO)をやったら怒ることが出来なくなった話

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昔の話だけど、RO(ラグナロクオンライン)ってオンラインゲームがあったんだ。
うん、今もあるって?
今とは別のゲームかって思うほど人が減ったそうだよ。
当時私がプレイしてた時は最盛期だったんだって、王道のオンラインゲームと呼ばれてた。

 

当時の回線はADSLだったし、携帯電話は二つ折り、しかも持ってる人しか持ってない、そんな時代だった。
そう聞くとちょっと時代背景が分かるかな。

まぁROを昔やってたのさ。
圧巻だったのはすごい人の量だったのさ。
首都プロンテラはもう足の踏み場もないぐらいに賑わっていた。

渋谷のスクランブルと錯覚したね。

 

オンラインゲームの魅力は不特定多数の人との交流

オンラインゲームの魅力ってやっぱり人との交流だと思っているんだ。
だからさ、「人が多いオンラインゲーム」はもう完璧な魅力と魔力を放っていたわけ。

 

国外で「オンラインゲームのやりすぎで死亡」なんてニュースが流れてたけど、普通の人は「何を馬鹿なことを(笑」なんて済ますんだろうけど「そうだよなあ、死ぬよなこのゲームやってたら……」って本気で思ってた。

ゲームの内容は酷く単調なんだ。クリックして攻撃する。回復ボタン連打。いい具合にスキルを織り交ぜる。

やってることはスーパーファミコンでも再現出来そうだった。

 

さっきも言ったけどこのゲームの面白い所は「人との交流」だったんだ。
人と交流がしたくて単調なゲームにも身を投じたし、その価値があったと今でも思っている。

ROが無ければ私はこうしてネットであれこれ喋ってないだろう。
タイピングもROのために、ネットの海を回る技術もROのために、人と会話するスキルもROのために、etcえとせとらエトセトラ。

 

ここで、現実に引き戻された。「おい、現実(リアル)の生活は大丈夫か?」

 

オンラインゲームが現実世界への干渉、幼き頃の過ち

ダメだった。ボロボロだった、睡眠時間も勉強の時間もあったものではない。
ネトゲ中毒患者が出来上がっていた。

ここで転ばないのが私でして、ネトゲの中で勉強を始めるんですね。
頭のいい方とも交流できていたので、「勉強しているんだけど、ここが分からなくて」と聞けばそりゃまぁスマートに教えてくれるわけです。
「天才的発想だ。ゲームしながら勉強する方法を見つけてしまった」と愚かにも世紀の大発見をした興奮具合だったと記憶しております。

で、ふたを開けてみるとその方が間違っているんですね、間違った答えを教えられていたわけ。一度や二度じゃなくて、何度もありました。
彼(仮に彼とします)に別段怒りの感情は無いんですが、何か奇妙な距離感を感じていたのでした。

「もしかして彼は間違った答えを教えているんじゃないか?」
真偽はともかく下種の勘ぐりだったと思うのですが、ネトゲ疲れから疑心暗鬼になっていました。
(書いてて思うけどとんだクソ野郎だな)

で、彼と喧嘩してROを引退。

彼の親切心を踏みにじり、悪いことをしました。
分別のつかないガキだったにせよ、もう少し立ち回りを気を付けてもよさそうなものです。

「後悔先に立たず」を身をもって知った瞬間でした。

 

それからです、私が怒らなくなったのは。
怒りの感情が出てきてもこの記憶が蘇って「止めろ、何も生まない」と自制します。

この良かったのか悪かったのか分かりませんが、「顔も合わせた事のない友人」を失った事がただ頭の中を反響しているのです。

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