コラム 人間関係 雑記

親友と友達の差はどこから生まれるのか?

投稿日:2017年12月9日 更新日:

こんにちは、そーさんです。

私は基本的には口は悪いですが、友達思いな人間と自負しています。

困っている友人が居れば昼夜問わず相談に乗ったり、「うるせーばか」と言論弾圧を行います。

そんな友達思いの私が親友と友達の差について考えてみました。

 

◆友達って何だろう?

友達って何でしょうね、不思議な関係で今でも良く分かっていません。

遊んでいれば友達と呼べるでしょうし、あまり親しくないけど遊んだことがあるぐらいの関係性だと知り合いと表現します。

思い返せば学友までの交友関係を友達と呼び、それ以降は仕事仲間や知り合いと表現していたような気がします。

仕事では上下関係がどうしても起こりえますから、友達と割り切るのは難しい気がします。

「利害関係がなく一緒に遊べる人」を友達と呼ぶのではないでしょうか。

 

◆友達はなぜ大切なのか?

まぁこんな事はわざわざ言いたくもないのですが、友達は大切です。

「朋あり遠方より来る、また楽しからずや」

友達が遠くから訪ねてきてくれるのは、楽しくその一時を豊かにしてくれます。といった内容ですが、これこそが人間味なのです。

人を思うというのはその人だけでなく、自分の人生をより幅の広いものにしてくれるから大切なのです。

時には喧嘩する事もあるでしょう、楽しいことばかりじゃありません。それを含めて認めていくことが友達との間に必要な社会性です。

世の中はあなたの気に入る事で満たされてはいません、しかし友達がその考えを改めてくれる可能性があります。しかも楽しく過ごせている中にも学べるところがあるので一石五鳥ぐらいの価値はあるのです。

だから友達は大切なのです。

 

◆友達に合わせれば良いのか?

じゃあ大切にするために友達に合わせて過ごせば良いのか?

違います。

断じて。

 

友達に合わせているだけの人間はやはり弱いです。自分の主となる考えを持ち、友達と打ち解けてこそ本当に友達と呼べます。

会話を合わせているだけの表面的な付き合いでは自分も辛いですが、相手にとっても損です。

自分のカラーを生かしつつ、相手を認める事です。

 

この両立が出来ないようであればその人との交流を止めた方が良いでしょう。

同意のお友達料みたいな関係は不健全ですよ。

 

◆親友との境目は?

先ほど「朋あり遠方より来る、また楽しからずや」と故事を出しましたが、ここで言う友達とは親友の事を指します。心通った人が遠方からやってきてくれるなんてなんて楽しいんだ、という事ですね。

時間はかかりますが、友達から親友にレベルアップすることがあります。

「ああ、この人といると心地いいわ」と自分でも感覚を掴めるようになります。

これは多くの交友関係を持たないと分からない感覚かもしれませんね。実際に友達が多い必要はありませんが「やっぱりこの人がいいわー」という感覚を双方が持つことによって結ばれるものだと思います。

 

◆もうあのころのような友達は出来ないだろう

「子供の頃のような友達は出来ない」これは誰もが口を揃えて言う真実です。

冒頭にもお話した通り、友達が大切な理由は大人になってから作るのは困難だからです。

よほどの人たらしでないと難しいでしょう。(まぁそういう奇特な人にも会ったことがありますがかなり特殊な性格をしています、常人ではマネ出来るものでは無いでしょう)

それに加えて大人になると友達が出来るような社交をしなくなります。

なおさら今の友達というものは貴重なのです。

 

思い出せないなら「スティーブン・キング」の「スタンドバイミー」を読むか観るといいですよ。なかなかクるものがあります。

 

◆まとめ

というわけで長々と引き延ばしましたが「分かりあったときに友達から親友になる」という結論を述べておきます。

あなたが大人になったしまったとしたら今友達と思える人たちは貴重です。しがらみの無いころに作った人間関係こそ貴重なものです。

 

利害関係あってのおべっかが必要な相手など精神的負担にしかなりません。

時間をかけた人間関係だから、利害関係にしないように努力しないといけませんよね。

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