コラム 環境

世間・社会が助けてくれるという甘えについて粉砕する記事

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※今回はかなり暴言多めでお届けいたします。

自分だけは助かると思っている人に対する侮蔑

世の中をうろちょろしてると「自分だけは助けてくれる」と本気で思っている人がやっぱり一定数いるんです。

努力もしない、目標もない。
まぁここまではいいんです。ただのニートです。
「ニートであることを決めて生きている」なら私も「F○○K YOU ぶち殺すぞ ゴミめらが……」なんて言わなくて済みます。

努力もしない、目標もない。
しかし、自分は守られるべきだ!親のせいだ!社会のせいだ!と吠えている層が一定数いるんですね。
コミュニティで生きているというよりもコミュニティに寄生している人間がいます。

 

こういう人たちは仕事をしていても、文句しかいいません。
お節介で「こうした方がいいよ」とアドバイスをしようものなら、間欠泉のように湧き出す言い訳マシンガンによって、自分の意見を守ります。
断固として曲げません。
「自分が正しいんだ、世間が間違っているんだ」彼らはそう主張します。

実際の所、彼らが間違っているとも思いませんでした。
私は気に食わないけど「そういう思想で生きているんだな」と。

「そういった層」が存在する以上、その考えを否定することが出来なかったのです。
リバタリアニズム(経済的自由・政治的自由)とでも言うんですかね。

みんなちがってみんないい、っていいますやん?
多様性を認めなければ進化論的に種の破滅もあり得ますやん?

 

まぁそんなわけで「社会的に甘え、寄生するような生き方」について私は虫唾が走りますけど、尊重するというスタンスを取っているのです。

「タバコは嫌いだけど、喫煙者である好きな人を嫌いになるか?」という問いと似てますね。
私は思想・思考の多様性を尊重する一方、理由も向上心もなく社会に寄生する生き方には反吐が出るのです。

 

文句ばっかいってんじゃねえ!

※クソ野郎とか言いますけど「喫煙者」に他意はありません。決して

「国家が国民を守る義務がある!」そう主張するクソ野郎がいたとしますね。
クソ野郎は「喫煙者」です。
「喫煙者」はタバコを害のあるものと認識しています。

ちょうどクソ野郎がそんなことを叫んだ翌日「タバコの規制」を行うと国が発表します。
「国民を守るため」という名目もついていますね。

タバコを国に規制してもらって健康的に過ごしてもらえれば、医療費も抑えられて国もクソ野郎もハッピーです。
やったぜ、ちゃんちゃん。

ただ、ここで終わらないのがクソ野郎です。
「国は国民の自由を尊重しろ!」そういって「タバコの規制を否定」します。

まぁ詳しく書かなくても分かるでしょう。

 

「国家が国民を守る義務がある!」という主張は
「頑張らなくても金が手に入るようにしろ!」という訴えであって、
「タバコを制限しろ」と言ったわけではないですよね。

でも国からみれば「国民の健康」こそが国民を守ることなので、
タバコを規制するなりで制限するのは妥当ですよね。

 

クソ野郎は「俺は自由に生きるための金が欲しい、タバコも吸う」という意見。
国家は「国民の健康を減らし、医療費を減らせれば財源確保と国民の健康リスクを減らせる」という意見。

こんがらがってまいりました。
はいむずかしー。

 

クソ野郎「自由と金」
国家「規制すれば、健康と金」
クソ野郎「ふざけんな、自由と金」
国家「えー、無理がんばれ」
クソ野郎「ふざけんな、国民守れ」

 

とまあ、そもそも欲しがっているものが国と個人では違うんですよ。
社会と個人が守るものが違うわけ。

個人(クソ野郎)は権利を主張するけど、叶わなくてムカついてる。
でも大体その主張が自己中心的で、私に「F○○K YOU ぶち殺すぞ ゴミめらが……」と言わせるレベルの困ったちゃん。

「国が個人を守るといつ言ったんだ?そしてそれは実行されているのか?実行し続けられるのか?」

日本は働き手の数が減少する一方の「超高齢化社会」になります。

 

自分の身は自分で守るしかない社会になるわけですが、そんななか「助けてくれないのは国の責任、環境が悪い、親の責任」などとわめいているのが無様に見えるのは私だけでしょうか?

-コラム, 環境


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