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精神論者の「とにかくやれ」は「ゆとり・さとり」にとって害悪でしかないワケ

投稿日:2017年10月9日 更新日:

精神論者は困難に直面した時も「とにかくやれ」で乗り切ろうとします。

そんな事を言う私こと、そーさんはどちらかと言えば精神論者なのだろうと思っております。

ただ、指示も曖昧で合理的でない「とにかくやれ」は嫌悪しています。

 

メリットを感じなければ普通人は動きませんから、精神論だけで人を動かすのは愚策だと知っているのです。

では、精神論者たる私はどのようにして精神論を使っていけば良いのか、

自分自身のためにも考えていきたいと思います。

 

◆精神論って何?体育会系成功の方程式

そもそも精神論は体育会系と呼ばれる叩き上げの集団の中で生まれました。

厳しい競争を生き残るために努力し、努力し、努力し、泣き言をいう暇があったらどんどん練習を行っていく。

そうした厳しい練習の先に輝かしい実績が成り立っているわけですね。

 

私は上記のような精神論は賛成しています。

とにかく練習して上を目指し、成長、また練習というサイクルは、人間的に美しいものであると思っていますし、また努力という美談にもなります。

 

◆精神論の負の面

精神論は曲解されること。これにつきます。

努力するというのは、嫌々やるという意味ではなく、自発的に努力することを指しているのですが、これがやらせる立場になったときも美徳と感じてしまう人が本当に多い……。

 

無能なコーチとか、精神論者の上司とかですね。

「努力は素晴らしい」わけですが、彼らが曲解すれば「努力しないやつはクズ」となるわけです。

 

競争社会にいるという認識が努力の感覚をバグらさせていくのだと思いますが、理不尽な努力を命じたり、努力しないもの(目標に達成できないもの)を否定したり、

 

◆若者の精神論離れ

勘違いしないでほしいのですが、私はこの事態を憂いているわけではありません。

むしろ、当然の結果です。

 

世の中の大半の若者は精神論では動かすことが出来なくなっています。もちろん動くことも困難です。

ゆとり、さとり世代の若者を動かすには目に見えるインセンティブを出さなければなりません。

 

今のゆとりさとり世代はバブル世代と違って「景気が落ち込んだ日本」しか知りません。努力してもどうにもならない事があると知ってしまったら、モチベーションはそがれていきます。

もちろん、努力しないものには勝ち目がないのも知っていますが、知ったうえで動けなくなっているのです。

 

若者のモチベーションは最低。

そんな人間に「いいからやれ!」と諭すのは無能な指示と言わざるを得ません。

やって報われないなら、低燃費で努力しない方が楽だし、いささかましだと考えるのは至極当然だと思うのです。

 

◆若者に精神論を叩きつけるときの注意点

「いいからやれ!Do It!」よりも「こんないいことがあるぜ!ほら、私はこんなに良くなったぜ!DO It!」ぐらいやらねば人は動かぬ。

そうなってくるともう精神論ではないような気もしなくもないけど、「いいからやれ!」って言うからにはそれなりの報酬が提示されていないといけない。

やりがいとか、今の人たちはいらないんです。

報酬が出ないのに、やりがいだの夢だの反吐が出るような言葉を並べ立てて労働力を搾取しようとしてるからずっと人手が足らないんだよ。

結局自分が得しようとしている腹の内が見え見えで、そんな人のために自分の貴重な時間を一秒だってくれてやりたくないんですよ。

 

「若者はなっとらん!」と息巻いて言うのは勝手だけど、これから超高齢化社会で超少子化で超人手不足が来るんだから、私たちの子どもの世代をを補助しないとホントに日本ペチャンコになるよ。

子どもを支える社会基盤は当たり前だし、超高齢社会のオジサンオバサンが寄ってたかってマイノリティーな子どもに「最近の若者はなっとらん!」とかもうね、一周回って笑えて来るぐらいには酷い絵面だよ。

精神論ではなくて、我々は少ない手数で成果を出そうとする子どもを支援する、導くような形で精神論を飛ばさないといけないんと違いますかね?

 

◆まとめ

まず頑張ることはいいことですが、昨今世間からは頑張りが減っているように感じます。

頑張りが減ったことでゆっくりと日本は衰退しているといえますね。

 

しかしそれは当然の事です。

ゆとりさとり世代の若者は「不景気」しか経験してないから、いまいち努力して何かを成そうとする意欲が失われています。

更に高齢社会です。子どもがいなけりゃ経済社会の発展はあり得ないのだから日本の衰退は逃れられないシナリオでしょう。

 

若者はどちらかと言えば低燃費に生活していく方が楽だし賢いと感じています。若者がそういう考えになるのも無理はないと思います。

私が怒りを感じているのはそんな状況を知ろうともしないで、会社や組織のためだけに「いいからやれ!」と怒鳴り散らす人たちです。

 

もちろんノルマや、やっていない事で怒られるのは当たり前ですが、ノルマを達成しても「ノルマを達成しても終わりじゃない」と無限に努力を強要する話もあります。(思い返すとそんな会社に居ましたね……)

正直「つぶれてしまえそんな会社」と思いました。

ノルマは会社が設定したものであって社員はそのノルマを目指して、頑張れば良いはずです。

会社の売り上げ的にはもちろん伸びしろがあった方がいいでしょうけど、社員である若者には何のメリットもない労働を強いているわけです。

もし目標を達成したらインセンティブを払うぐらいの用意しなければ、見限られてその会社は慢性的に人手不足になるでしょう。(スティーブ・ジョブズのように夢を追わせれば別でしょうけどね)

もし「そうしないとつぶれる」会社なら、この一言を「つぶれてしまえそんな会社」。

 

私としては若者には頑張ってほしいし、「とにかくやった方が楽しいぞ!」とは言うのですけど、なかなか理解までいかない、理解したとしても行動になるかはまた別の話です。

高齢者達にはもう少し若者に寛容になって欲しいですし、若者には”好きなこと”を頑張ってほしいのです。

その中間にあるのが「精神論の違い」だと思うのです。

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