家族・親戚 幸せ 時間 環境 皆の悩みを覗いてみる

【親の愛情を諦める】絶望感を知ってからの苦悩と道のり

投稿日:2017年10月11日 更新日:

一度生まれてしまった疑念と向き合うのは辛いことかもしれませんね

今回はそんな経験をされた方に語っていただきました。

それではどうぞ。

 

【親の愛情を諦める】絶望感を知ってからの苦悩と道のり

幼い頃から感じていたであろう絶望感を19歳の時にあるビデオがきっかけで気付いてしまいました。

それは親から当然受けるであろう愛情を諦めるという絶望でした。

 

きっかけとなったビデオは養護施設のドキュメンタリーでした。

小学生中学年くらいの子供へのインタビューです。

その子は父親のDVが原因で母親と一緒に養護施設へ入所したそうです。

「レポーターが子供に今の心境は?」と問いかけます。

子供は淡々と、これで母親が安心して暮らせるから良かったと思うと答えてました。

 

子供の顔にはモザイクがかけられて表情は見えないはずなのに、私は子供の回答を聞いた瞬間にどんな表情をして答えたか分かってしまったんです。

そして同時に「ああ、これは私だ」とも気付いてしまいました。

その瞬間、涙が止まらなくなりました。

 

実はこのビデオ、学生の時に授業の一環で観たんです。

授業中にも関わらず泣く事を止められず、感情が溢れ出し、たまらずトイレへ席を立ちました。

トイレの中で泣きながら「なんでこんな感情があるんだ!どうしてこんなに辛い想いをしなくちゃいけないんだ!自分の中にこんな感情があるなんて何故気付いてしまったんだ!」と、感情の渦が激しかったのを覚えています。

そして何とか落ち着いてから教室に戻った時にクラスの視線を一身に受け、皆の顔を見渡して「この教室の誰一人、私の泣いた理由は理解出来ないんだ」と悟り、同じ深さの傷を知らなければ理解されないという孤独も知りました。

それから卒業までの約1年、毎日「もう生きていけない」と感じていました。

 

全てが憎い

「過去、現在、未来に至るまで。私という人間を作り出した環境、人間社会そのものが憎い」とずっと感じていました。

私という存在が今、存在しているなら、この人間社会が同じ存在を作り出す可能性はゼロではない。

こんな深い絶望を植え付ける人間社会そのものに憎悪していました。

その中で卒業間近なある日、ふと気付いたのです。

「こんな人間が死ぬまでこの感情を抱くのは不条理ではないか?」

本当に私の中の小さな声でした。

 

その声は「もしも私自身が死ぬまでにこの絶望を克服出来なくとも、せめてほんの少しでも人生に救いがあると感じる事が出来るのなら!…同じ絶望を味わった人間にも救いがあるという証明になるのではないか?」と、囁きました。

本当に藁をも掴む想いで、自分を救おうと決めた瞬間の囁きです。

それから卒業と同時に家を出ました。

まず善悪含めて人間というものをよく知りたいという思いから、パチンコ店の寮へ入りました。

そこで自分からも他人からも逃げない努力をしたんです。

怒られても「このまま逃げたら人間というものを知る事が出来ない。そもそも何故自分は怒られたら恐いのか?恐いから逃げたら恐さを克服出来ないのではないか?」という自問自答を内容こそ変わっても毎日繰り返していました。

 

他人を恨むだけでなく、他人を恨みたくなる自分の中の理由を知らなければいけないという思いもありました。

「怒るのは何故?悲しいのは何故?辛いのは何故?」

毎日自問自答です。

 

その悩み抜いた先にあったものは自他の幸せを祈る気持ちでした。

「幸せでありたい、幸せになってほしい」

最後にはそんな気持ちが残っていったんです。

そして7年経った時に店舗閉店という悔しい出来事があったのですが、その時に私の部下が全員、私を信じて新しい店舗へ付いて来てくれたんです。

その皆の無償の信頼を感じた時に「自分が苦悩したものは信頼という形で返ってきた」と感じて、ようやく一つの救いが現れました。

 

これは私が死ぬまで続くのだと思っているので、まだ完全に救われたわけではありませんが、少なくとも苦悩した先に救いはあるのではないか、と、今は感じています。

 

管理人からの一言

 

正直彼女の気持ちは分からない。

何を言おうが親はあなたを育てた訳で、「愛されない」などと唾棄するのは中二病からの脱却が出来ていないだけの事だと思うのです。

(もしくはそんな世話になった親に対する罪悪感についてかもしれませんね、すみません。文章から読み取れなかったもので)

 

失礼。

私自身は色んな考えを許容していくスタンスを取りたいと思ってはおりますが、上記の親の一点に関しては反論させていただきます。

私からの主張はこう、「愛されていないわけはない」。

あなたが抱いたのは思春期の思考です、本気になさらないで下さい。

 

幸せになるための心がけ

誰よりも理解されたがっている寂しがり屋の癖に「誰も分かってくれない」とか言っちゃって悲劇のヒロインアピールすることはありません。なぜなら、あなたの不幸を他の人は全くもって気にしていないからです。カワイソーとか思っても所詮は他人事です。

他人に無意識的にでも不幸アピールするような癖をつけることはオススメできません、どんなに感受性が豊かで、どんなに辛かろうとね。

 

少なからず環境や周りの人の期待のようなものに左右されているでしょうけど、それは一時的なこと。

この方の部下のようにあなたを信頼してついてきてくれることもあります。

あなたが変われたように他の人も変われる余地を多分に残しているのです。

 

他人を変えるのは大変だけど、自分が変わると周りが勝手に変わります。

難しく考えずにこれからも「自他の幸せを祈る」という考えを広めていって下さい。きっとそれは尊いものです。

 

 

そうそう余談ですが、銀河鉄道の夜をお読みになったことはありますか?

あれは「幸せになるためにはどうすればよいか?」というヒントが載っている物語です。

今回のようなお悩みにはピッタリの物語ですので、お読みになっていなければぜひ一読してみてください、小さな事が変わるかもしれません。

 

-家族・親戚, 幸せ, 時間, 環境, 皆の悩みを覗いてみる


comment

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

広告エリア

Sponsored Link


SNS

follow us in feedly