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自閉症の近隣の住人による迷惑をかけられた話と対応など

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この記事は自閉症の症状を糾弾するものではありません。

しかし、こうしたトラブルは日常のどこにでも潜在しており、考える機会を持ってもらいたいと公開に踏み切りました。

 

「自閉症の近隣の住民に迷惑を被った方」

 

それではどうぞ。

 

自閉症の近隣の住人による迷惑をかけられた話と対応など

引っ越してきたときは古い一軒家の集まる地域で静かな所でした。

娘が3歳でしたのでご近所からお菓子をもらったり、遊んでいても優しく接してもらえました。

向かいの老夫婦が病気をされたことで、病院の近くの立地のいいマンションに引っ越しをされることになり、代わりに次男夫婦が入られたのです。

 

「若い二人をお願いします。」と何度も言われました。

引っ越されてからも何度もお菓子や物が次男夫婦がら渡されました。

電話がかかってきて何度も同じことを言われるので何か変だとは思いました。

 

母に相談すると「そっけなくすると後で困ることになるかもしれないからもらっておいたらいい。」と言われました。

大したことはないんだろうと思い、そのまま少し距離を持ちながらも様子を見ていました。

 

慣れてくると若奥さんが相談しに来られたり、昔老夫婦が近所とあったトラブルなどを話し出しました。

最後は笑いながら「どうせみんなしているから大したことないわ。私は思うようにします。」とおっしゃるのです。

「はっ?」と言いかけたのを止めてその場を去りました。

 

子どもさんが生まれて間もなくのこと、私の息子は4歳でした。

ふと見ると若奥さんが「遊びにおいで。」と言いながら息子の手をつかんでいるのです。

「今から習い事があるからごめんね。」と断るのですが、こういうことが何度かありました。

その後私が仕事をし始めたのでしばらくの間、疎遠になりました。

 

息子さんが幼稚園に入ったくらいからママ友たち10人以上をおうちに呼んで騒がれるようになりました。

一日中子供の金切り声とお母さんたちの手をパンパンたたく音が響てたまらなかったのですが我慢したのです。

校区から離れた友達に相談しても「その人はおかしいよ、多動じゃないの。」と口々に言うのです。

小学校ではお母さんたちから嫌われていたようでした。

 

奇行の数々の原因は「家族全員が自閉症」だったため

娘の高校受験の時に大掛かりな工事をされました。「受験はわかってます。土曜日も工事をしますからお願いしますね。」と言われました。

悪びれた様子もなく、挨拶もなし帰って来られて無視されるのですから頭に来ました。

 

それからこんなこともありました。

猫の被害があったのでご近所と相談して猫に効くという、超音波の機械を取り付けました。

被害が無くなってほっとしていると、若夫婦が怒鳴り込んできたのです。

「キーンとした音が家の中で反射して家じゅうどこでも聞こえて頭が痛い。」と言うのです。

会話がどこかおかしく、自分の主張だけして、相手のことは一切知らないと言うのです。

 

その時に気づきました。

ご主人が話の間にじっとしていられずにうろうろしていたのです。

決して目が合うこともなく、私が見ると顔を背けて逃げました。

向こうの家族全員が自閉症でした。

 

家族で障害があることに気づきました。

こういう人は増えつつあり近くに血縁の人がいないと近所は大変なのです。

 

市役所に相談もしましたが近所で対応するしかないとのことでした。事件にならないとどうにもできないのです。

しかしこういう人がいると言うことは役所など公共の施設に知らせておかないと、何かあったときに近所が放っておいたと責められると福祉関係の方から教えてもらいました。

 

仕事の時には障害のある人と仲良く接することができていましたが、仕事を離れたご近所になれば違います。

これからは障害があることを前提に接していくことが大切です。

わからないときには役所が教えてくれるとのことでしたので何とか乗り越えていこうと考えています。

 

管理人からの一言

 

障害と一口には身体的、精神的、能力的と様々な障害がある。

今回の場合は精神的なものと能力的なものだろう。

 

彼らはまだ問題を起こしているわけではありません。(犯罪になるようなこと)よって彼らを縛るようなことはあってはならない。

しかし、奇行を繰り返しているとのことでしたので、近隣の住民が嫌がるのも理解できる。

こうした「普通」とは違うことを世の一般人は嫌がる。

 

近年問題になっている、障害(「障がい」にしろというアホが居ますが問題はそこではないだろうよ)に対する偏見については「無くならない」と思っている。

どんな先導者が居たとしても偏見は無くならない。

減らすことは出来るかもしれないけど、こればっかりは群衆の意志だ、彼らは社会的にも厳しい目を浴び続けることになる。

 

 

正直、私がこの問題について「差別反対!」と息をまいたところで焼け石に水だろう。

私達が目を向けるべきは障害者への慈愛ではなく、自分の偏見の出生についてだろう。

自分というフィルターを通るとどうやったって色眼鏡でみてしまう。

多かれ少なかれ、皆色眼鏡で世界を見ることになる。

「一流企業に勤めた者は勝ち組」

「いい年してアルバイトは負け組」

こんな言葉は群衆のフィルターを通して出来上がったものであり、強固だ。

 

「差別反対!」という言葉は強固なフィルターを無視した発言のため、未だに差別がこの世から無くならないわけだ。

 

ヒットラーがやっていたように、「ユダヤ人は悪だ!」とかいって偏見を植え付けることは簡単だ。

「自分たちが正しい」もしくは「あいつらが悪い」と思わせることが出来れば良いのだから。

 

この問題は「偏見の植え付けやすさ(芽生えやすさとも言う)」が根幹にあるように思える。

一度自分がどのような考えで凝り固まっているか、思考してみると良いかもしれない。

 

 

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