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【斜視だった劣等感】たった一度の出会いで私が肯定的になった理由

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こんばんわ、そーさんです。

今回は「斜視の方が感じていた世界観とそれをひっくり返された話」になります。

 

全員がバラ色の人生という訳ではありませんが、それでも絶望するほどではない。

「生きてれば良いことある」なんて軽々しく肯定する気もありませんが、この話は「生きてれば良いことあるケース」もあるなーっと思わせてくれる記事です。

 

他人事ではありません。

誰だって1つや2つの劣等感を持って生まれてきているわけですからね。

 

それではどうぞ。

 

先天性の斜視と性格で人に助けを求められませんでした

 

私は未熟児で生まれ、生まれてすぐ保育器に入りました。

先天性の斜視であることも告げられました。

 

親はどんな時も、何ら変わらないよ、と気遣ってくれましたが、私は早くも、自分の目が他の人と違うことに気づいてしまいました。

すごく悔しくて、怖くて、不安でした。

 

そんなせいか、物心ついた頃から人に見られることを極端に嫌う子供でした。

誰にも私のことを見てほしくなかったのです。

目が合うと、いじめられる気がしたからです。

 

気づくと、目を合わせることを避け、俯きながら生活する癖がついていました。

人と向き合うことを意識的に避けてきたことで、私の周りには誰一人として友人はおらず、いつも一人でした。

何をするにも、一人で行動しようとしてしまうのです。

 

人に助けを求めることができませんでした。

 

アルバイトをするにしても、キッチンや品出しなど、最低限の接客しか必要のないものを選んでいました。

慕ってくれる友人や担任の先生に恵まれた時期もありましたが、自分自身が嫌いで、自信が無かった為、心を開くことはありませんでした。

人といるより、一人でいるほうが精神的な負担が少なかったので、どこへでも一人で行き、ノートなどに感想を書く日々を送っていました。

 

買い物、映画館やコンサートに関しての感想ノートは年々分厚くなり、合計で10冊を超えていたと思います。

「なぜ、この目を持って生まれてしまったのだろう?」そんな思いを抱えたまま、私の10代は過ぎていきました。

 

一言で言うならば、吹雪のような時期でした。

 

たった一度の出会いが大きく人生を変えた

 

そんな私に転機が訪れたのは、20代になる日が近づいてきた頃でした。

ある日、大好きなアーティストのコンサートへ出かけたのですが、私は、そこで一人の女性と出会うのです。

彼女との出会いが私の心を変えるきっかけになりました。

 

私はいつものように、会場の前で待機していました。

そこで、ある女性がいきなり私に話しかけてきたのです。

「今夜は、楽しみですね」と。

 

ほんの数秒の出来事でしたが、私はただただ驚くばかりで、「は、はい。とても楽しみですね」と震えながら答えたことを覚えています。

 

大好きなアーティストのコンサート会場に来ていたからこそ、無意識に笑顔になっていたのかもしれません。

それまでは、私みたいな人間は、自分から話しかけなければ、友人なんてできない、と思っていました。

人が寄ってくるようなタイプの人間ではないと確信していたからです。

 

ですが、その考えが彼女との出会いによって変わりました。

話しかけてくれたことが、言葉にできないほど嬉しかったのです。

「こんな私に話しかけてくれる人もいるんだ!」と心の中が熱くなりました。

 

この出来事がきっかけで、何かあれば目のせいにしていたことに気づき、もうやめよう、と思う私がいました。

それが、20歳になる年の春でした。

10年以上も持っていた虚無感が、そのコンサートの日に嘘のように無くなったのです。

 

同時に、自分で自分を責めすぎていたことに反省しました。

そして、20歳になった私は、自分にとある約束をしたのでした。

その約束は、生まれ持ったものを受け入れていくというものでした。

 

他の人と違っていても、目は耳や鼻と同じように大切な感覚器なのだから、大切にしていこうと心から思えるまでに、長い時間がかかりました。

 

人との出会いというのは実に不思議なもので、彼女との出会いはまるで計算されていたかのように、すんなりと私の中へ入ってきました。

彼女とは今でも頻繁に連絡を取り合う仲で、とても大切な人です。

 

自分を受け入れる約束をしてからは、徐々にですが、目を合わせて笑顔で話すことができるようになり、その後も沢山の人々と関わる機会に恵まれました。

今この出来事を振り返った時に思うことは、自分が心から変わりたいと思えた時に、その思いを支えてくれる人や物に出会うのかもしれないということです。

 

世界は自分が思っているよりもずっとずっと温かい場所なのかもしれません。

 

管理人からの一言

感想

私は現実主義者なので、「運命」とかそういったものは信じていないのですが、

自分にとって人生を変える出来事に遭遇するというがあるのは間違いないと思います。

 

アーティストのコンサートに行かなければ起こり得なかった事。

女性が声をかけてくれなければ起こり得なかった事。

自分が気づけなければ起こり得なかった事。

 

そうした積み重ねを「運命」と呼んであげてもいいかなーなんて思いながら読んでおりました。

 

自己肯定出来る環境を作ろう

一番肝心なところは「自己肯定出来る環境」を整える事かなと思います。

彼のターニングポイントは「見ず知らずの女性に話しかけられた事」そして、その環境は「ライブ会場」で不特定多数の人が集まる場所だったことです。

 

人に見られることする嫌だった彼が、不特定多数の人が集まる場所に行くことが出来た時点で、解決は時間の問題だったように感じます。

 

自分が出来ないことを慣れていないことに飛び込むというのは勇気とエネルギーを消費します。

ですが、見返りとしてちゃんと克服出来る要素が備わっているはずです。

 

もしもダメならまた逃げれば良いのですよ。

大丈夫、今までも逃げてきたのだから今更何をしたって大丈夫じゃないですか。

人生気楽に生きましょう。

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