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『ディアスポラ』啓蒙活動の難しさと知識共有の未来

投稿日:2017年12月17日 更新日:

こんにちは、そーさんです。

今回は「知識共有」について考えてみたいと思います。

 

◆この話の着想

ディアスポラです。

超弩級のSF小説です。

SF小説会のラスボスです。

完全に読む人を選びますし、今回の話題も「好きな人は好き」な話になりますね。

 

 

あらすじは

30世紀、人類のほとんどは肉体を捨て、人格や記憶をソフトウェア化して、ポリスと呼ばれるコンピュータ内の仮想現実都市で暮らしていた。ごく少数の人間だけが、ソフトウェア化を拒み、肉体人として地球上で暮らしている。

難しいっすね。

 

知的生命体が宇宙を旅して「知」と何か、「この世」とは何か、「自分」とは何か?という事を延々と追っていく物語です。

今回の話に興味があれば一読してみるのもいいでしょう。

ハードSF(お堅いSF)の中でもトップクラスの難解さ、かつ解釈も分かれますがね。

要するにSF好きがたどり着くラスボスなんですよ。

 

◆知識の共有

話は少し変わりまして、知識の共有って今でも難しいですよね、いわゆるコミュニケーションエラーが必ず発生します。

伝言ゲームとかやれば分かるんですが、人間の頭は「関連するものごと」が蠢いていて、少しでも脇道にそれた事を考えようものなら、伝えようと思っていた事柄が上書きされて口から出て行ってしまいます。

100人もの人に情報が通れば伝言ゲームが終わる頃には全くもって違う言葉になります。

 

ディアスポラの主人公「ヤチマ」は元は人間で姿形を変えられる意識のような存在です。

既に設定から難解ですがついてきてください。

 

ヤチマはとある事情により、自身の分身を作ります。ヤチマは二人になりました。

オリジナルのヤチマをヤチマA、クローンのヤチマをヤチマBとします。

彼らは実態を持たぬソフトウェアであるため、知識の共有が簡単です。接触すればヤチマAとヤチマBの記憶を保管しあい、記憶の融合が可能です。

パーマンのコピーロボットみたいな感じですね。

私はこんな時代が来るんじゃないかと本気で思っています。

 

●知識の共有が出来ると思うワケ

技術の進歩とはすごいもので、人間の脳もシミュレーション出来るような段階に入ったんじゃないかと思うのです。

人間の脳を0と1の機械語に置き換えて、そこからやりとりを発生させれば「脳らしきものの書き換えは出来ます」そこから再度脳に戻すのは難しいでしょうが、既にシミュレーションが出来ているのであれば「人間の脳」に戻す必要はありません。

要するにヤチマと同じように全身をソフトウェア化すれば良いのです。

マッドな話ですが、あり得なくはありません。

ポスト・ヒューマンという奴です。

 

◆知識共有は信じているものを破壊する

人間は何かを信仰しています。

分かりやすい所で言えば、宗教家は神様を信じてますよね?

そうじゃない人は、神様なんていないって事を信じてますよね?

 

知識の共有は何も自分と自分の分身だけで行うとは限りません。

相反する思想を持った人との知識の共有が起こり得るかもしれません。

今までだったら「おめーがそういう人なんだったらこっちも関わらんわい」といってそっぽ向けば終了だったのですが、知識の共有なんてものを始めたらこういう問題も起こってきますよね。

上記のは一例ですが、知識共有は素晴らしい!ともろ手を挙げて賛同できかねます。

意識がカオスになっていくだけですからね。

 

◆人類の暫定的な目的は「地球を脱出する」事

ディアスポラでは「人類が一つの知識を共有している」シーンが登場します。

人類という知能が一個体となり宇宙に飛び散り、知識を集めているという構図です。

私は普段いがみ合っている我々が一丸となったときの想像をしたのです。

私たち人類が目指しているのは2600年ごろの地球が火の玉に戻る前に「地球からの脱出」なのではないかと思っていますが、そこまでの余裕がなく争いを続けているのが現状です。(かなり端折ってますね)

粗めの補足説明を行います。

 

●人類が地球を脱出せねばならぬ理由

いいか!粗めの補足説明だ!

「地球は滅亡する」これは間違いない!

人類はその窮地に立たされている。あまりにも時間が無いのだ!

何故なら人類は地球の資源を食い荒らすウイルスだからだ!(断っておくと私はナチュラリストではない、ロマンチストでもない)

ウイルスとて生きるためには消費を行う、すなわち資源を食う。

資源が無くなればどうだ?

餓死するに決まっている!

それよりも直近で2600年ごろには地球は燃え盛る火の玉になると天才物理学者ホーキング博士は警告している!

タイムリミットは残り600年だ!

生きようとするのであれば、この知的生命体を保全しようと考えるならつまらないことで争っている時間は無いはずだ!

 

◆そこで意見と思想の対立が課題になる

A~Kの人々の会話です。

A「俺は地球に残る!故郷で死ぬなら本望だ!」

B「地球はもう滅びる、Aも一緒に行こう!」

C「そいつは残ると言っているんだ!俺たちだけで行こう!」

D「人類の多様な種族が必要だから強制的にでも連れていき人類の保全に努めるべき」

E「いや、死を選ぶのは自由でしょ」

F「そーだそーだ」

G「バカ野郎!それでも人間か!人間らしさを失ってまで種を残すことに意義なんてあるのか?」

H「地球は滅亡しないから残るんだ」

I「は?何言ってんの?滅亡するんだよ!確実に!色んな数値が物語っているだろ?」

J「あんなものはまやかしだ、政府が俺らを宇宙に駆り出させるための言い訳だ、それに一時は『定員しか宇宙船には乗れない』と自分らだけ乗り込み突っぱねたじゃないか、何をいまさら……」

K「……もう出発だ。」

それぞれの言い分や環境は違います。

それらを統合する価値とはどれほどのものかは私には計りかねますが、地球と同じような抗争が宇宙船建造、宇宙船乗船のタイミングで起こってしまうんじゃないかなと思います。

それもすこぶる激しいやつが。

 

◆まとめ

人類滅亡のカウントダウンはもう始まっている。争っている時間はない。

さっさと意識を統一してさっさと宇宙に出れば人類は助かる。

しかし、意識を統一してしまった人類は「人類と呼べるのだろうか?」

別の生命体になってしまう気がしてならない。

宇宙へ出たことにより「人類は滅亡」してしまうものなのかもしれない。

ここまでテキトーに語らせてくれた「ディアスポラ」と「グレッグ・イーガン」に敬意と謝辞を。

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