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完璧主義者は生きにくい世の中になってしまった

投稿日:2017年11月21日 更新日:

こんにちは、そーさんです。

最近思うのです、完璧主義者と呼ばれる人たちが損を被る時代が来ているな、と。

そんなお話。

 

◆完璧主義者は生きにくい

はじめに断っておきますがわたしは完璧主義者ではないです。

それでも「元」完璧主義者でした。

生きて色々学んでいくうちに、だんだんと完璧さを失おうと努力して消していきました。

 

「完璧主義者は生きにくい」こんなことに気付くのに十数年は要しました。

こんなに時間を要したのも思うに「100点以外はダメ」という教育を受けていたからだと思います。

それが当たり前で普通だった空間にいたのです。

 

誰でもそんな教育空間にいれば、「なんでも完璧に遂行しよう、リスクは避けようと判断しよう」とするようになります。

完璧主義者は間違うことを嫌います。

だから間違わないように「やらない」のです、そして自分の出来ることをやるのです。

当然自分の出来る事に制限が出てきてしまい、生きにくくなってしまうわけです。

 

例えば仕事を100%こなそうとすると、どうしても「不測の事態」について考えてしまい、保険をかけすぎるぐらい慎重に進めて、結果的に効率を落としてしまうなどの消極的行動をとります。

完璧主義者は、前に進む速度が著しく低下する、とだけお伝えします。

 

◆クオリティを上げる事は良いことだ。本当にそうか?

完璧主義者は物事のクオリティを上げる事にこだわります。

しかし、完璧なものなどこの世にはありません。

良く言って99%以上のクオリティのものなど存在しません。

 

人には欠点があるように、どんなものでも問題点があります。

完璧主義者は物事は全てテストのように100点を取れるものだと勘違いしている節があるように見受けられるのです。

 

テストは100点を取れるように設計されていますが、仕事などの実務になるとそんな評価基準はありません。

完璧であることよりも、一定より高い水準で早くこなせた方が価値があることもあります。

 

単に「クオリティを上げる」という発想が工芸品などの職人芸を今日のクオリティまで昇華してきたことは疑いようのない事実ですが、果たして一般職についている人間がそこまでのクオリティを追い求める価値はあるのでしょうか?

 

「クオリティを上げながら、速度を上げろ」という上司のセリフを聞いたことはありますか?

仕事の場においては重要な言葉ですが、日常生活に置き換えてみてはいかがでしょうか?

 

育児や洗濯、料理などの家事を全て完璧にこなそうとすると、やはり心体的に限界を迎える人が多いように思われます。

私はこの言葉から学んだ事は「時間内で出来る限りクオリティを上げろ」という事なのです。

 

全ての時間も有限、使えるリソースも有限、その中で出来るクオリティを上げろ。

そういう指令なのです。

 

家事で言うならば、5分で出来る掃除と、一時間で出来る掃除の質が違うのは当たり前ですよね?

何度も言いますが単にクオリティを上げれば良いというわけではないのです。

 

◆完璧主義者の良い所

散々、完璧主義者について悪態つきましたが、良い所も当然ございます。

ズバリ「適当じゃない・向上心がある」という事です。

当たり前と言えば当たり前なんですがね。

 

完璧主義者にはランクのようなものがあることも私調べで分かっています。

YES・NOで分かるようなものではありません。

40%完璧主義とか、80%完璧主義とか、そういうものが存在します。

100%以外は完璧主義と呼ばない方がいいかもしれないけど、そんなロボットみたいな人間は存在しませんでした。

どのような完璧主義でも「適当ではありません」全員丁寧です。ですが、どのような完璧主義でも完璧ではありません。

 

肩書はさておき「完璧を追い求めるというアプローチで成長出来る」という事の方が重要です。

よってあなたが完璧主義を名乗っていても、この人は完璧とは思いませんが多少なりとも向上心がある人なのだなとは思います。

 

◆完璧主義者にさせられる

自分で完璧主義者を自負している人はある程度精神力が伴っているので、問題にはなりませんが「完璧主義者にさせられてしまう」ケースもあります。

そう、当時の私のように。

「完璧でありなさい」「100点以外は失敗と同じ」「合格しなければ価値はない」

勉学の分野ではそれは間違いない絶対の評価基準ですが、だからと言って人としての価値が消失するわけではありません。

 

大学受験に失敗した、エリート学生が引きこもったり、自殺したりする話を何度も聞いていますが、こうした「完璧主義の植え付け」があったからこそ自分を追い込んでしまったんだと思います。

仕事ではそんな事はありませんか?

 

「お客様に出すものは完璧でなければならない」と責められ、あなただけがクオリティを求められている状況にはなっていませんか?

睡眠時間を削り、精神を削り、命を削り、過労死に到達した人は何を求められていたのでしょうね?

そんなことを考えてしまいます。

 

◆完璧主義者の適正

完璧主義者には適性が存在します。

無理やり型に当てはめたところで限界が来ます。

言い方は悪いですが「バカ」な人間の方が向いていると思います。(私はこういう人たちが大好きですが)

 

大抵の人間は「似たような結果が得られる楽な方」を選択するからです。

楽をした結果、効率よくダラダラと過ごせます。

完璧主義者は効率は悪くとも「完璧」を目指します。

 

こうした人たちが作った信頼のおける技術やサービスが世の中を回している訳なので決して馬鹿に出来たものではありません。

ただ、社会は「完璧」であることを求めたがるのでどうにも人が完璧前提の物事は破綻してしまうのです。

 

◆まとめ

完璧主義者はそりゃ良いことだけど、もう手放しで喜べない。

クオリティ上げるだけじゃダメだし、でもクオリティは完璧を求められるし、人間は完璧じゃないし、人には完璧主義者の適性があるし。

存在自体が多くの矛盾を生み出している不思議な存在「完璧主義者」。

 

今回はそんな彼らの生態と彼らがおかれている状況にに迫ってみました。

さあて、自分はどうでしょうか?

 

こういうケースもあるというお話です。

 

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